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大阪高等裁判所 昭和22年(ナ)1号 判決

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

事実

原告は「被告が參議院議員地方選出議員に當選したことは無効とする」との判決を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十二年四月二十日行われた參議院議員選擧に際し、兵庫縣から地方選出議員とし立候補し、多數の投票を得て四月二十三日當選人と定まり、同日その旨の告示があり、原告も同兵庫縣地方選出議員として立候補したが、次點となつたものである。しかしながら、被告は昭和十七年行われた衆議院總選擧においていわゆる翼賛議員として推薦を受けた者であるから、昭和二十一年一月四日附聯合軍最高司令官覺書公務從事に適しない者の公務からの除去に關する件に基く昭和二十二年閣令内務省令第一號別表第一の七「その他の軍國主義者及び極端な國家主義者」に該當するものである。被告は昭和二十一年四月の衆議院議員總選擧に際し候補者として資格審査の申請をしたところ、右の理由によつて覺書該當者でないことの確認書を受ける事が出來なかつた。それであるのに、被告は又今回の參議院議員選擧に際し候補者としての資格審査の申請をしたのであつて、被告に對し覺書該當者でない旨の確認書を交付されるはずはないにもかゝわらず、何かの手違の結果、確認書が交付された。ところが同年五月一日中央公職適否審査委員會において審査の結果、被告を覺書該當者と決定し、内閣總理大臣の被告を覺書該當者として指定する旨の書面は、翌二日内務省を經由して被告に送逹された外、同年五月五日内閣書記官長名義で被告に對し公文電報でその旨を通知した。その後同月二十二日被告から中央公職適否審査委員會に對しまだ指定の通知を受けない旨の申入があつたので、同月二十四日覺書該當指定書を再發行し、その書面は參議院事務總長を經て被告に送逹された。ところで昭和二十二年勅令第一號第六條は「覚書該当者は公選による公職については、その候補者となることができない。公選よる公職の候補者について、第四條の指定があつたときは、その者は当該候補者たることを辞したものとみなす。」と規定しているから、覺書該當者たる被告は參議院議員の候補者となることができないものである。もつとも被告に對し覺書該當者としての指定の通知のあつたのは前に述べた通り、昭和二十二年四月二十日の本件選擧期日の後ではあるが、覺書該當者としての指定があつた以上、その効力は既往にさかのぼるものといわなければならない。殊に甲第三號證によつて明らかなように、被告の覺書該當者としての指定は、參議院議員立候補の資格に於てなされたものであるから、被告は當所初から參議院議員の候補者となることができないものである。從つて被告を當選人と定めることはできないものであるから、その當選を無効とする判決を求めるために本訴を提起したものであると述べ、被告の主張に對し、内閣書記官長名義の公文電報の文面が被告主張の通りであることは、これを認める。立候補者に對する覺書該當者でない旨の確認は絶對的のものでなく、公職適否審査委員會において更に審査の結果、覺書に掲げる條項に該當するものと認めたときは、昭和二十二年閣令内務省令第一號第九條第三項に定める理由がない場合でも、覺書該當者と決定し、その指定をすることを妨げるものではないと述べた。(立證省略)

被告は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答辯として、被告が昭和二十二年四月二十日行われた參議院議員選擧に際し兵庫縣から地方選出議員として立候補し多數の投票を得て同月二十三日當選人と定まり、同日その旨の告示があつたこと、原告も同兵庫縣地方選出議員として立候補したが、次點となつたこと、被告が昭和十七年行われた衆議院議員總選擧において翼賛議員として推薦を受けたこと、被告が昭和二十一年四月行われた衆議院議員總選擧に立候補するため資格審査の申請をしたが、確認書を交付されなかつたこと、被告が今回の參議院議員選擧に際し立候補のため資格審査の申請をしたところ確認書が交付されたこと及び同年五月五日内閣書記官長名義で被告に對し公文電報が發せられ、同月六日被告がこれを受け取つたことはいずれもこれを認める。しかしながら、被告が昭和十七年行われた衆議院議員總選擧の際推薦されたことは、その立候補後新聞紙上で知つた程度に過ぎないのであつて、被告は決して覺書に掲げる條項に該當するものではない。被告は内閣總理大臣の記名捺印ある覺書該當者指定書を受け取つたことはない。原告の主張する公報は内閣書記官長名義であつて、内閣官房長官から發信せられたものではないから、公文電報としての効力がない。なお、その文面は「當局筋の意見により、貴下の資格は先の非該當の決定を取り消し、今回該當者と決定せられた。御諒承ありたし。なお確認書は至急返却ありたし。内閣書記官長」といふ趣旨であつて、内閣總理大臣の指定書といふことが出來ない。假に被告に對して指定の通知があつたものとしても、被告は既に覺書該當者でない旨の確認書の交付を受けたものであつて、被告の提出した調査表に虚僞の記載や事實をかくした記載がなく、又調査表に記載されていない理由に該當しないのにもかかわらず、覺書該當者でない旨の決定を取り消し、該當者として指定する行政處分は昭和二十二年閣令内務省令第一號第九條第三項に違背しその効力を生じない。從つて被告を當選人と定めたのは適法であつて、原告の本訴は理由がないと述べた。(立證省略)

理由

被告が昭和二十二年四月二十日行われた參議院議員選擧に際し兵庫縣から地方選出議員として立候補し、多數の投票を得て同月二十三日當選人と定まり、同日その旨の告示があつたこと及び原告も同様兵庫縣地方選出議員として立候補したが次點となつたことは當事者間に爭のない事實である。又成立に爭のない甲第二號證によると昭和二十二年五月一日中央公職適否審査委員會において被告を覺書該當者と決定したことを認めることができる。そこで當選人と定められた者がその後に覺書該當者として指定された場合、その當選は無効になるかどうかを考えてみよう。當選の効力に關する訴訟において主張することができる理由はおそくとも参議院議員選挙法第五十九條の告示の日までに生じたものでなければならないと解する。何故ならば同法第七十三條によつて準用される衆議院議員選擧法第八十三條において、當選の効力に關する訴は右の告示の日から三十日以内にこれを提起しなければならないと規定するのは、當選の効力を確定させ、その効力が永く浮動の状態にあるのを避けようとの法意だからである。

原告は覺書該當者としての指定があればその効力は既往にさかのぼるものであると主張するけれども、なるほど昭和二十二年勅令第一號第六條は「覚書該当者は公選による公職の候補者について、第四條の指定があつたときは、その者は当該候補者たることを辞したものとみなす』と規定し、第三條第一項は「覚書に掲げる條項に該当する者が現に公職に在るときは、主要公職に在る者はこれを退職させるものとし、(下略)」と規定しているが、同勅令第四條第一項は「覚書該当書としての指定は公職に在る者又は公職に就こうとする者について、内閣総理大臣の定める公職の区分に從い、内閣総理大臣又は地方長官が公職適否審査委員会の審査の結果に基いて、これを行う。」と規定し、第三條第二項は「覚書に掲げる條項に該当する者としての指定を受けた者(以下覚書該当者という)で公職に在るものが、覚書該当者としての指定又は公職の指定があつた日から二十日以内にその職を去らない場合においては、他の法令にかかわらず、その者は、二十一日目において、その職を失う。」と規定しているから右三條第一項にいう「覚書に掲げる條項に該当する者」右第六條にいう「覚書該當者」とは、内閣總理大臣又は地方長官からその指定を受けた者を指し、その指定があつた後將來に向つてその効力を生ずるものであつて、その効力は既往にさかのぼるものではないと解するのを正當とする。そうすると實質的に覺書に該當するものでも、右の指定を受けない限り候補者となることが出來て、追放の趣旨に合わないようであるけれども、これについては、右勅令や昭和二十二年閣令内務省令第二號に該當者でないことの確認書の交付を受けなければ候補者の届出ができないことを規定しているから、實際上大した弊害はない。(昭和二十一年(選)第一號大審院判決參照)被告の覺書該當者としての指定は、參議院議員立候補者の資格においてなされたものであり、又先に一旦した非該當の決定を取り消したものであつても、その指定の効力が既往にさかのぼらないことは同様である。

以上の次第であるから、被告が内閣總理大臣から覺書該當者として指定されたのが、假に、原告主張の通り昭和二十二年五月二日であるとしても、それは當選の告示のあつた同年四月二十三日の後のことであるから、前に説明する通り當選無効の理由として主張する事はできない。從つて被告の當選を無効とする原告の主張は採用できない。

そこでその他の爭點に關する判斷を省略して、原告の本訴請求を棄却するものとし、訴訟費用の負擔については民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

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